君と僕




「それじゃあ、早乙女君。これからはちゃんと宿題してくるよーにね!!」

ひなちゃん先生の長い補講(途中からほとんど授業じゃなかったけど…)からやっと解放されたのは、夕方の6:00を回っていた。
夏も終わりを告げ、秋の色が濃くなってきている今日は、6:00といえども周りは薄暗くなってきている。

「ああ、疲れたー。あかねの奴、さすがにもう帰ってるだろうな。」
でも、もしかして…、淡い期待を抱きながら自分の教室に戻る。
扉を開けると、案の定そこにはあかねどころか誰1人残ってはいない、ガランとした教室だった。

「なんだよ、あかねの奴…。待っててくれてもいいじゃねえか。」
一緒に帰ると約束していたわけでもないし、こんな時間までかかってしまったのは自分が悪いのだから、文句を言える立場では全くない。 だけど、期待が外れてしまった寂しさから、待っていてくれなかったあかねに対する自分勝手な不満を一人ごちた。
ブツブツ言いながら、自分の席へ戻ると隣のあかねの机をちらりと盗み見る。
何もないはずのその机の上には、小さな置き手紙が置いてあった。

『乱馬へ
  しばらく待ってたけど、いつまで経っても帰ってこないから、先に帰るわよ。
かすみお姉ちゃんにお遣い頼まれるから、商店街に寄って帰るから。あんたは直接家に帰っていいから。
これに懲りたら、ちゃんと宿題しなさいよね。
あかね』
そこには確かに、あかねの字でそう書いてあった。

「ったく、いつも一言多いんだよ。あかねは…」
その手紙を持ったまま、なんとなくあかねの席に座ってみる。
そこはまだかすかに温かく、その席の主がつい先ほどまで座っていた事を示していた。
『あいつ、ついさっきまで俺のこと待っててくれたんだ…。』
だとしたら、申し訳ない事をしたと思う。それに嬉しかった。何も言わなくても、自分を待っていてくれたことが。
しばらくそうしていたが、ふとこの椅子があかねの席であることを思い出す。すると急に、自分がすごく恥ずかしいことをしているように感じて、慌てて席を立った。

「やべー、もうこんな時間だっけ。早く帰るか。腹も減ったし。」
そう言うと、自分の机に無造作に置いてあった鞄を掴み、乱馬も走るように教室を後にした。



帰り道。乱馬はいつもと同じように、フェンスの上を歩く。
いつもなら下の道路を歩いてるはずのあかねは、今はいない。なんだかつまらなくなって、乱馬はひょいっとフェンスから飛び降りた。

『そういやあかねのやつ、かすみさんに頼まれて商店街に寄って帰るって言ってたっけ…。』
あかねが学校を出たのは、自分と大して変わらない時間帯だったはずだ。
もしかしたら、今から追いかければあかねに追いつくかもしれない。そう考えて、乱馬は自分の足を商店街の方へ向けたのだった。



もうすぐ夜の7:00になろうかという頃の商店街は、お店こそまだ開いているものの、客はまばらで閑散としていた。
そんな中、思いのほか容易に、路上に一人立っているあかねを見つけることができた。

「おーい、あかねー!!」

遠くからあかねを呼ぶ乱馬の声は、残念ながらあかねに届くことはなかった。
なぜなら、一人だと思っていたはずのあかねのそばには、複数の見知らぬ男がいたのだから。

「なあ、姉ちゃん。名前なんて言うの??君、すごい可愛いじゃん。良かったら、今から俺たちと一緒にどっか行かねえ??」
「行きません。私、急いでるんです。」
「そんなこと言わずにさー。きっと楽しいって。」
男の中の1人が、強引にあかねの右腕を掴んだ。
「離してよ!!行かないって言ってるでしょ!?こんな所で、大勢でナンパなんかして、みっともないと思わない訳??さっさとどっか行ってよ!!」
掴まれた手を、あかねは強引に振りほどいた。
「なんだよ、この女。こっちが下手に出てりゃいい気になりやがって。お前みたいな奴が1人騒いだって、俺たちには敵わねえんだよ!!」
そばにいたもう1人の男が、あかねをめがけて自分のこぶしを振りおろそうとした。
いつも鍛えているはずのあかねも、突然のことに驚いて、思わず目をつぶってしまう。

だが、あかねに向かって真っすぐ振り下ろされたはずのそのこぶしは、あかねに当たることはなかった。
驚いて、恐る恐る目を開けてみると、ついさっきまではいなかったはずの乱馬が、あかねとその男の間に割って入り、男の腕を掴んでいたのだ。
「ら、乱馬…。」
「お前ら、女1人相手にこんなに束になって、かっこ悪いと思わねえのかよ。情けねえな。」
「なんだよ、お前。弱いくせにどっからかしゃしゃり出てきやがって。怪我したくねえなら、よそ者は引っ込んでろ。」
「ほぉ。誰が弱いって??」
そう言うと、腕を掴んでいたその男を片手で、思いっきり投げ飛ばす。

「痛ってー…。」
「てめえ、何者だ…!?調子乗ってると、ホントにぶっ殺すぞ!!」
「おお、出来るもんならやってみな。」
「ちょ、ちょっと、乱馬…。」
「あかね、お前もお前だ。こんなとこで訳分かんねえ男と油売りやがって。馬鹿じゃねえのか??」
「な、何よ!!そんな言い方しなくてもいいじゃない!!」
周りのギャラリーを無視して、ギャアギャアと2人のいつもの言い合いが始まる。
いつの間にかすっかり蚊帳の外にされた男の1人がぼそりとつぶやいた。

「なんだ、お前…。もしかして、その女の彼氏かよ??」
「ふざっけんな!!誰がこんな色気もねえ、可愛くねえ女となんか付き合うかよ!!」


ブチッ…!!
その一言に、あかねが完全に切れてしまう。
「悪かったわね!!私はどうせ可愛くないつまらない女ですよ!!私のことなんかほっといて、1人でさっさと帰ったら良かったんでしょ!?」
そう言って、乱馬を思いっきり殴る。 ついでにさっきまで絡まれていた男たちも、腹いせとばかりについでに殴り飛ばして、1人先に走ってどこかへと行ってしまったのだ。



「何なんだよ、あかねのやつ…。せっかく助けてやったって言うのに。」

あの後、完全に伸びている男たちを、通行の邪魔になるというので、 近くの空き地に連れて行ってもう一発ずつ殴っておいてから、乱馬は1人帰途についていた。
あかねが見知らぬ男に囲まれている所を見てしまった上に、あんな風に投げ飛ばされた後なので、 乱馬の腹の虫も治まらない様子だ。イライラしながら、帰ったらもう一言ぐらいあかねに文句言ってやろう、と思いながら天道家の玄関を開ける。

「ただいまー。」
「お帰りなさい、乱馬君。随分遅かったわね。あら、あかねは??一緒じゃなかったの??」
「え??あかねの奴、まだ帰ってきてないのか??」
「ええ。夕飯の準備に必要なものを買ってきてもらう予定だったんだけど、いつまで経っても帰ってこないから困ってたのよ…。 もしかして、乱馬君。あかねと何かあったの??」
かすみが心配そうに尋ねてくる。
その後ろでは、早雲が「あかねー!!一体どこに行ってしまったんだーー!!」と泣き叫んでいた。

「俺、探してくるよ。」
「ごめんなさいね。夕飯は予定を変えて、カレーにしておいたから。」
分かった、とうなずいて乱馬はもう一度外へ出ていく。


「まったくあかねの奴…。こんな時間までどこほっつき歩いてんだ!!」
イライラしながら、あかねの行きそうな場所を手当たり次第探していく。
さっきまでもいた商店街、学校、あかねの友人の家などあちこち探し回ったが、どこにも見当たらなかった。


「ったく…。どこ行きやがったんだ、あかねのヤロー。」
ぶっきら棒な言い方とは対照的に、乱馬はだんだん不安になってきていた。
あかねは普通の男に比べれば遥かに強いとはいえ、女であることには変わりない。
それに、何だかんだ言っても、あかねは結構モテるのだ。さっきみたいなことがまた起こらないとは決して言いきれない。
他にあかねが行きそうなところを考えながら、乱馬はある場所を思い出した。
「もしかして、あそこにいるかもしれねえな…。」
そう言うと、乱馬は真っ直ぐその場所へと向かった。



乱馬があかねを必死に探している頃。
あかねは、乱馬の予想通り、ある場所に1人で座り込んでいた。
そこは、風鈴館高校の裏側にある比較的小さな山の上。
その場所は、昔からあかねがよく1人で出向いた所。辛いことや悲しいことがあると、よくここに一人で泣きに来ていたのだ。
誰とも出会わず、一人この場所に身を置いていると、山の木々や小鳥たちが、あかねの傷ついた心を癒してくれる。そんな気がした。

「何よ、乱馬の馬鹿。大っ嫌い…。」
あの時。もし乱馬が助けに来てくれなかったら、自分は確実にあの男たちにやられていたと思う。目を開けた時、よく見慣れた真っ赤な乱馬のチャイナ服が目に入って、心の底からほっとした。嬉しかった。本当に。
それなのに、いつもの喧嘩で、どうしても素直になれず、乱馬をまた傷つけてしまった。他にも言わないといけない言葉がちゃんとあったはずなのに…。

「大っ嫌い…。」

これは他の誰でもない、あかね自身に向けられた言葉。


「悪かったな、大嫌いな奴が迎えに来て…。」
「ら、乱馬…。あんた、なんでここにいるの??」
「家帰ったら、あかねがまだ帰ってきてないって言うから、探しに来てやったんだよ。」
「ご、ごめん…。」
「かすみさんもおじさんも、みんなすげー心配してたぞ。あんまり心配かけんなよな。」
「うん…。分かってる。あ、お姉ちゃんに言われた買い物!!」
「ああ、それなら大丈夫だ。あかねが帰ってくるのが遅いから、今日の夕飯はカレーに変わったらしいぜ。」
「そ、そっか…。でも乱馬。どうして私がここにいるって分かったのよ??」
「前にお前、言ってただろ。お前のお袋さんが亡くなった時、よく1人でここに来てたって。だから、もしかしたら今日もここで1人でへこんでんじゃねえかって思ってさ。」
「へこむって、あんたねえ。他に言い方ない訳??」
「知らねえよ。実際へこんでたじゃねえか。」
「へこんでなんかないわよ、馬鹿!!」
「全く…。せっかく迎えに来てやったってのにこれだもんなー。可愛げのねえ奴。」
「何よ、悪かったわね。」
「でもま、元気になってよかったじゃねえか。さっさと帰ろうぜ、俺、腹減って死にそうなんだ。」

そう言って、乱馬は立ち上がる。このままでは、また何も言えないまま終わってしまう。
今日ばかりは、このままで終わらせる訳にはいかない。あかねはそう思った。

「ちょっと待って、乱馬…。」
「え??なんか言ったか??」
「あのね、あんたに言わなきゃならないことがあるから。」
「??」
「えっとね…。今日はありがとう。あんたが来てくれて、すごく嬉しかった…。」

こんな短い単純な言葉なのに、乱馬に言うときだけこんなに勇気がいるなんて不思議な話だと思う。
言った方も言われた方も、なぜか固まってしまってぎこちない。静かな沈黙が流れる。けれど、決して居心地の悪い沈黙ではなかった。


「あ、あのさ…。」
「何よ??」
「俺もさ、一応お前のこと心配してたんだ…。だからさ、今度からは1人でここに来ようって思うなよ…。辛いことがあるなら、俺も一緒に付き合ってやるからよ。」
「…。うん、ありがとう。乱馬。」

「じ、じゃあ早く帰るぞ!!もう我慢できねえ、腹減ったー!!」

何だか訳の分からないことを叫んでる乱馬の背中に負ぶさって、私たちは一緒に家へと帰っていく。







*あとがき*

乱あか小説第二弾。
この2人、ホントに大好きだー!!
原作のあの2人の良さには遠く及びませんが、書けて楽しかったです。
よろしければ、是非感想をお聴かせ下さると嬉しく思います。
それでは、最後まで読んでくださってありがとうございました。